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2011年11月

2011年11月30日 (水)

足踏み轆轤(ろくろ)

近所のイベントを覗いてみた、原始的な「ろくろ」で子供たちに指輪作りの経験実習の最中であった。
これは鳥居櫓を構えたもの、一人で操作(回転)出来る、構造的には比較的新しいものである、筆者の知る限り、これより以前は弓の弦を巻きつけて行うものやただ単に主軸にロープを巻きつけて回転を得るもの等があるが、何れも二人掛りの作業であった。
水車を構えることが可能であれば、水車の回転を利用する轆轤や、主軸の一端をクランク状にして足踏みで回転を得る方法もあった。
現在では電動機(モーター)が有るので問題ないが。・・・
轆轤と旋盤の違いは、轆轤は木材加工、旋盤は金属加工をする、(厳密には剛性や機構も違うのであるが)

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2011年11月29日 (火)

すずらん大橋.

白州から小淵沢へは、高さ50mの七里岩を登る必要がある、「すずらん大橋」は1995年開通のループ橋。


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2011年11月28日 (月)

赤い気動車

「トンネルの駅」に保存されている、旧高千穂鉄道の車輌 TR300気動車(1991年新潟鉄工製でパノラマ仕様)造った会社も鉄道路線も今は無い。


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2011年11月27日 (日)

48647

48647は形式8620の428番目の機関車。
1921年汽車会社製、1969年には僚機28629と重連で御召列車として運用されている、
1973年、人吉で廃車、2003年「トンネルの駅」で保存。
(画像はIsaoさんが旅の途中で撮ったもの、筆者が画いた28627の図と一緒にどうぞ)


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2011年11月26日 (土)

227D

今朝は縁側のバケツに溜めていた水が凍っていた(3cmほど)、小海線沿線の木々も枯葉がひつこく、くっ付いているが一風あれば完全な冬景色となる、例によって温泉に立ち寄り落葉松の葉が浮んだ露天で富士を眺めて、極楽々々。(画像は小淵沢発→小諸行 甲斐大泉~清里)


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2011年11月25日 (金)

広島の115系

Moliさんが送ってくれた、山陽の115系


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2011年11月24日 (木)

1フィート5インチ

旧甲州街道、台が原宿の造り酒屋に敷かれているトロッコ用のレール(勿論、今は使われていない)
実測430mmインチに換算すると17インチ、ちょっと珍しい。


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2011年11月23日 (水)

539M

高尾発→小淵沢行(539M) 長坂駅


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2011年11月22日 (火)

八ヶ岳冠雪

昨日、八ヶ岳の冠雪が確認できた、早いのか遅いのか。


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2011年11月21日 (月)

京王9000系

2001年、初出の通勤型電車 駆動は7000系と同じくWNカルダン 画像は各停「新宿」行。


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2011年11月20日 (日)

雲の切れ間

甲斐駒ケ岳に沈む夕日、雲の切れ間の陽に魅せられて撮ってみた。


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2011年11月19日 (土)

京王7000系

1984年、初出の通勤形電車 WN平行カルダン駆動。画像は各停 京王八王子行(Moriさん提供)


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2011年11月18日 (金)

楼門

宇和島伊達家の菩提寺「竜華山等覚寺」の山門で、構えは入母屋造りの四脚門です、初代、秀宗の墓も此処にあります、宗派は仙台伊達と同じく臨済宗、妙心寺派です(松島の瑞巌寺も妙心寺派です)
宇和島伊達の家紋は四つありますが、この門には「竪三つ引両」が付けられています。(画像はIsaoさん提供)


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2011年11月17日 (木)

西武30000系

2008年、初出の通勤形電車 6000系と同じくWN駆動方式(画像は池袋行Isaoさん提供)


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2011年11月16日 (水)

秋深し

上り小淵沢行232D 落葉が風に舞っています、冬の足音がちかくなりました。小屋の暖房も朝晩は薪ストーブが活躍を始めました。(甲斐大泉駅到着)


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2011年11月15日 (火)

西武6000系

1992年登場の通勤型電車、WN駆動方式である、広義ではカルダン方式の一種である。
(画像は 快速「飯能」行 Isaoさん提供)


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2011年11月14日 (月)

広D-01

元片町線の103系である、快速安芸ライナー呉行として使用、特徴はトイレが付いている、板金のスカートが取り付けられているが、沿線の草刈でもするのか?
管理人が居た頃はC59が全盛であったが。(画像はMoriさん提供)


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2011年11月13日 (日)

野田城祉

武田信玄(晴信)最後の攻城戦の地である、小規模であるが堅牢であり、甲斐から金掘り工夫を呼び寄せ城内の井戸の水抜きを行ったとのこと、現状整備がされてなく樹木で覆われていたが、二の丸、本丸、空堀、井戸丸が残っていた。本丸跡では桧が伐採されており皮をむいて丸太のベンチを造っていた。


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2011年11月12日 (土)

馬防柵

長篠の戦いは、長篠城の攻防と設楽原の決戦とに分れる、鉄砲三段撃ちは設楽原の決戦の方である、
その時、設いた馬防柵が「設楽原をまもる会」によって6年毎に復元されている、画像では解り難いが、徳川軍と織田軍と2種類ある、筆者が思うに、これは布陣の違いではないか。
(2段目が徳川軍のもので3段目が織田軍のもの)


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2011年11月11日 (金)

長篠城址

武田勝頼が奪還すべく21日間、攻め続けたが家康が援軍として設楽原へ布陣して奪えなかったと、「長篠城をめぐる攻防(設楽原をまもる会誌より)」に書いてあった。
筆者にしてみれば本丸跡を走っている飯田線に気をとられて殆ど説明を聞かなかった。


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2011年11月10日 (木)

クロガネモチ

医王寺の境内のクロガネモチです、雌雄異株とのこと、赤い実が生っていたので雌でしょうか?


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2011年11月 9日 (水)

薬医門

新城市の医王寺の山門、構えが薬医門である、画像で簡単に説明する。
薬医門で著名なのは本郷の赤門がある。 この医王寺、設楽原の合戦の折、武田勝頼が本陣としている。


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2011年11月 8日 (火)

広電1900形

広島電鉄の1900形は元京都市電の同じ1900形で1978年に譲渡されている、輌数は15両で1957年の
ナニワ工機製。
京都に敬意を表してか全車、京都の名所プレートが取付けられている。


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2011年11月 7日 (月)

広電800形(2代)

広島電鉄の2代目800形は1983年~1997年にかけて「アルナ工機」で14輌造られている。


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2011年11月 6日 (日)

広電700形(2代)

広島電鉄の2代目700形はアルナ工機で11両、造られており1985年(昭和60年)初出である、
701~707が吊り掛け式で711~714は平行カルダン式であることが特筆できる。


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2011年11月 5日 (土)

広電350形

広島電鉄の350形は1958年ナニワ工機で3両造られている、当初は850形と呼ばれ宮島線対応として登場した、現在は市内線用である(Moriさんから広電の画像を沢山頂いた筆者も広島には深い縁があるので懐かしく感慨深い)


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2011年11月 4日 (金)

無煙か(400日)

本日で禁煙400日を達成、体重が6Kg増えた、まるでビア樽だ、禁煙は気合で継続できるのだが!
(画像は小山機関区のC58400、本機は1946年汽車会社製、俗に言う後期形である、1968年小山で廃車になっている、「機関車留置線」さんより拝借)


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2011年11月 2日 (水)

三方ヶ原

50年くらい前なら、趣きも違っていただろうに、霊園の隅に古戦場の碑と、少し歩いた根洗い町に「祝田の坂」の標があった。(後でしらべたら祝田の坂の先の方は昔の面影が残っているとの事)


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2011年11月 1日 (火)

富士眺望

13:30頃の富士山、気温がありハッキリしないが、頂上が白く見える(大泉のレイボーライン)


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