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2010年12月

2010年12月31日 (金)

ひめくり

「日捲りは毎日々々歳を取る、年の暮れには死んじゃうよ、お母さん明日は何時くるの、僕が逢いたい逢いたいと思っている明日は何時来るの」ご存知、壷井栄の「ひめくり」の一節です、小6の国語の時間に習いました、何分古い記憶ですので間違っているかもしれません、後8時間で2011年になります、管理人もタイムトンネルがあれば一度は明日にあいたいし、昨日にも帰ってみたいです。都合で本稿を本日をもって一時休止致します(3ヵ月位かな)拙い文にお付き合い頂き有難う御座いました、沢山の画像提供有難うございました、積み残しの分は再開後に必ず記事といたします、では御機嫌よう。

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     午後2時頃の八ヶ岳南麓です、右側の赤岳は雲の中です

2010年12月30日 (木)

雪の築堤

小淵沢発、下り、小諸行(227D)です、29日11時25分頃の撮影です。

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2010年12月29日 (水)

雪の朝

四国から雪の便りがありました、管理人は高校の3年間汽車通学でしたが、南国でも冬には積雪もあります、未だ夜も明けないころ、新雪に下駄の跡を残し白い息を吐きながら駅まで急いだことを思い出しました。(当時高下駄で通学、機関車はC58でした)画像はMogulさん提供の土讃線、阿波池田に停車中のアンパンマン列車、下り中村行 「南風」先頭車輌は2030です。(通学は予讃線でしたが)

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2010年12月28日 (火)

KOPPEL

12月17日に紹介しました「加藤型DL」より数年前にキットを組立てたものです、このシリーズでは初期のものでサイドロッドで連動しています、本機もキャラメルモーターで快調に走りますがスローがきかず、やはり今風のものに転装しましょうか。(スケールはHOn30)

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2010年12月27日 (月)

餅つき

昨日、餅つきに参加しました(半分冷かしですが)、囲炉裏(当地では火地炉と言う)の様子を添えてリポートします。

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2010年12月26日 (日)

土佐電鉄205

1950年(昭和25年)帝国車輌製で還暦を迎えています、現在はワンマン化により妻面が少し改良されているそうです。長寿なのは電気のかわりに酒でも飲んでいるのでしょうか。少し昔、酒席でよく唄われた新土佐節の一節をどうぞ(notes雷さんは 粋な方だよ 戸を閉めさ~せて 二人しっぽり 濡ら~した 通り雨よ)

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2010年12月25日 (土)

見参

Frankさんのデキが「にしふじの簡易軌道」に来てくれました、若干、保線に手が掛かりましたが、大人3人乗って良く走っていました。次の春がきて土が軟らかくなったら線路の改修を行いますか。

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2010年12月24日 (金)

西日

23日午後4:20の富士山です、里はすっかり日陰になっているのですが!

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2010年12月23日 (木)

土佐電鉄101

土佐電のハートラム101の画像をいただきました、この電車横からみるとハートがデザインされている連接車で まるでトイのようなメルヘンチックな車輌です。

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2010年12月22日 (水)

クライマックス(クラスA)

スケールはOn30(1/48,16.5mm)のクライマックス(クライマックス・ロコモティブ・ワークス)のClass”A”(4輪タテ型ボイラー)を横浜での集会時に撮影させていただきました。(製作はDFさん、掲載許可済)

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2010年12月21日 (火)

落陽(甲斐駒ケ岳)

落陽は普通、水平線に太陽が沈んだ様を表現するらしいが、山に沈む陽のことを山落陽と呼ぶそうだ、類似語には斜陽とか落日とか物事の終いを表す熟語があるが、冬至(今年は22日)の頃でも14時間で旭日を迎える事が出来る。(人生七転び八起きである)

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2010年12月20日 (月)

大洲行(キハ32)

予讃線の向井原-大洲間は従来線(海線)と1986年(昭和61年)内子線と繫いだ(山線)とがあります、画像は海線の下り松山発、大洲行のキハ32です、撮影場所が不明ですが、この海線、下りは右側に伊予灘が広がり、下灘駅は青春18キップのPRポスターにも使用されております。管理人が学生のころは宇和島-松山を準急「せと」で2時間強掛かゝっていましたが、今日では特急「しおかぜ」で1時間22分(山線)で走っています、停車駅は準急時代と余り変わっていませんが、昼間の列車を調べてみました、大洲行は2本あり、4635Dと4921Dです。(画像提供はMogulさんです)

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2010年12月19日 (日)

湯野上温泉駅

雪の湯野上温泉駅です、1932年(昭和7年)国鉄”会津線”の湯野上駅として開業しています、1987年(昭和62年)会津鉄道に移管と、ともに湯野上温泉駅に改名、同年12月に現在の駅舎が完成しています。(会津田島へは2度訪問したことがあるのですが、画像はイー坊さんの提供です)

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2010年12月18日 (土)

E217系

武蔵小杉に入線する総武線乗り入れのE217系です、70系の横須賀線が懐かしいのは管理人だけでしょうか。プレスのお面をストックしているのでペーパーで作ろうか、いつになるやら。(画像はMollさんの提供です)

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2010年12月17日 (金)

加藤型DL(HOn30)

大分以前にキットを組んだ物です、キャナメルモーター搭載な ので今風のモーターに転装しましょうか、序でに後部カプラーが破損していますので交換しましょう。(鉄道模型に余り興味をもたない方に一口メモ、HOn30のHOはアメリカのゲージで1/87で造ります、nはナロー(軽便)のいみです、最後の30は30インチつまり762mmの軌間と云うことです、以前はHOn21/2(2’6”=762mm)と呼んでいたのですが。

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2010年12月16日 (木)

島式ホーム(大井川鉄道)

C11190復活運転一周年とあるので、2004年の7月以降だと思われるが駅名も、電車の形式も分りません、とは云えホームの柱とか破風飾りなど懐かしい雰囲気があります。(画像はMollさん提供です)(駅は「新金谷」との連絡がありました)

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2010年12月15日 (水)

箱書き

名主屋敷のMaroさんちを訪ねました、米倉の中に長持ちが幾竿もあるのですが、未だ白木の肌が残る新しいと思われる蓋の内側の箱書きをみて驚いた、「明治17年申歳七月、長野県信濃国西筑麻郡奈良井村、指物師、大田源造」とあった。この年お嫁に来たのは奈良井の人だと思われる、幾つもの峠を越え馬車に揺られて何泊して来たのだろうか、梅雨には遇わなかったのだろうか、ロマンがある。(明治17年[1884年]は甲申歳です)おっと、忘れるところであった、土産に無農薬の白菜と上田の大根をいただいた両者とも美味である。

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2010年12月14日 (火)

飯田線(再び)

懐古趣味的で恐縮だが、飯田線と云えば天竜川、天竜川で思い出すのが戦前の映画「伊那の勘太郎」である、内容は省略するが、出てくる「天狗党」は実在したが「勘太郎」さんはフイクションである。主題歌「勘太郎月夜唄」の出だしをどうぞ「note影か柳~か勘太郎さんか~」(画像はMogulさんから頂いた1973年(昭和48年)のクモハ54[100番台]で南アルプスが背景だがテールランプが点灯しているので下り列車だろうか)

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2010年12月13日 (月)

冠雪(金峰山)

小屋の東にある金峰山の冠雪です、山を越すと長野県の川上村ですが少し地図を移すと埼玉県の秩父となり、そのまゝなぞると茨城県の鹿島灘に辿り着きます。(画像は12月8日のものです)Photo

2010年12月12日 (日)

スーパーあずさ11号

冬至が近くなると、正午前なのに陽が西寄りに傾きます、画像はスーパーあずさ11号(11M)です、一枚目の背景が富士山のものは少しブラインドになりハッキリしません、二枚目の背景の山は八ヶ岳南端の編笠山です、角度にして150゜位の移動です。(この列車次の停車駅は茅野で~す)

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2010年12月11日 (土)

高尾駅

大社造りの高尾駅・北口は1927年(昭和2年)竣工の2代目です、1901年(明治34年)淺川駅として開業しています、高尾駅に改名したのは1961年(昭和36年)だそうです。

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2010年12月10日 (金)

懐かしの飯田線

1973年(昭和48年)のクハ68+クモハ54の画像を頂きました、背景の山は南アルプスですから上りの列車でしょうか、場所がわかれば一度訪ねたいですね、(37年経っていますのでどうでしょうか)

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2010年12月 9日 (木)

初雪

薄っすらと雪化粧しました、昼頃には消えましたが、この冬の初雪です、下の画像は午後3時頃の富士山です。

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2010年12月 8日 (水)

成田エキスプレス(N‘EX)

武蔵小杉に停車中のE259系です、羽田のハブ化が始まって乗車率はどうなのだろうか。(画像はMollさん提供です)

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2010年12月 7日 (火)

村しぐれ

夏に降る、天気雨は「日照雨(そばえ)」と呼ぶが、冬に降る様は「村しぐれ」又は「片しぐれ」と呼ぶそうだ。(「行雲や 犬の駆尿[かけばり] 村しぐれ」 芭蕉)犬の駆尿とは云い得て妙である。

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2010年12月 6日 (月)

C56144

懐古園の駐車場の脇に鎮座しているC56144です、ここを訪ねたのは2度目ですが、前に見た時よりは塗装もされており、ましな感じがしました、(因みに本機は1973年中込での廃車ですから37年が経ったことになります)、迷いながら辿り着いたので帰りの道筋が分らず案内所で教えて貰って帰途につきました、走行距離165Km管理人の車は100円分のガソリンで10Km走りますので、費用は1,650+500(駐車代)=¥2,150でした。今度は列車にして軽井沢か上田に行こうか。

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2010年12月 5日 (日)

三の門(小諸城)

小諸城の三の門です、二層寄棟造りの渡り櫓門です、周りの石積は野面積もしくは打ち込みはぎの石垣が多いのですが、この櫓門の石垣は切り込みはぎで造られています、最初の建立は1615年との事ですが、洪水で崩壊しており、現在のものは1765年に再建されたものだそうです。(勿論、重要文化財です)Photo

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2010年12月 4日 (土)

大手門(小諸城)

管理人の車はナビがついていません、思い付きで出てきたので地図も持っていませんでした、勘をたよりにどうにか懐古園に辿り着きました、添付は小諸城の大手門です、入母屋屋根の二層造りです、建立は1612年頃とのことですが、2008年(平成20年)修復、復元して重要文化財に指定されています。Photo

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2010年12月 3日 (金)

八千穂駅

信濃川上駅を素通りし141号線に戻ったり、出たりして小海駅も素通り再び141号を走り八千穂駅を訪ねました、この駅1919年(大正8年)佐久鉄道の佐久穂積駅として開業しています、八千穂駅になったのは1959年(昭和34年)とのことです。次に141号に出て道路標識を見ますと小諸まで33Kmとあったので思い切ってC56144に逢うことにしました。Photo

2010年12月 2日 (木)

野辺山駅75年

JR最高地点の列車に出会えればと思って待っていたのですが10分待ってあきらめ、野辺山駅を訪ねました、上下列車とも1時間待ちでしたので又も諦め川上村へ思い付きで行くことにしました(この時点では小諸まで行く気はなかったのですが)

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2010年12月 1日 (水)

冠雪(赤岳)

八ヶ岳高原大橋のたもとから見た、雪をかぶった「赤岳」です、画像は7日前のものです、この後、寄り道をしながら「小諸」までいってきました、追々記事に致します。

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