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2010年7月

2010年7月31日 (土)

夏休み

プールの帰りにT君とS君が遊んでいきました、始めはトロッコを転がしていたのですが、途中ELの下回りを繫いで騒いで行きました。

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2010年7月30日 (金)

小型DL

Ozuさんの作品です、「杉山模型」のHOn21/2のものをスケールアップしてOnで作られたものです、フレームの巾方向を芯からズラシてギァーのポケットと軸受けをブロック材から成形しています、ウォームとスパーギァーで減速されており設計図を拝見したところ1:26.65で出来ていました(M0.5)、Onと言っても寸法はB29XL52.5XH46で非常に小型ですが、氏の専売特許をフルに活用して好ましい仕上がりをしています。(キャブの中が良い)_1 _1_2

2010年7月29日 (木)

松本電鉄(3000)

何処かで見たことがある車輌だとおもったら、元「京王の3000系」でした。フエンダーにあるバックミラーがアナログなのがいい。(Photo by Moll)

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2010年7月28日 (水)

あざみの歌

今年は庭の隅に”あざみ”が花を咲かせました、初めてのことです。日本には100種以上あるそうですが、何”あざみ”かわかりません。(notes山には山の愁いありーーーーー咲きしあざみの花~ならば)Photo Photo_2

2010年7月27日 (火)

Bテンダー

「つぼみ」のBテンダーと云いたいところですがロコの下回りが自作のデプリカです、テンダーはジャンクで持っていたもの、キャブとボイラーはTaさんに頂いたものです。(Taさんは何年か前に物故されたと聞きました、盆も近くなったので画像を供して供養とする)

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2010年7月26日 (月)

日照雨

午後3時頃、陽がさしているのに小さな雨が降ってきた、子供のころは”天気雨”と言っていましたが、上司(名古屋出身)と京葉道路を走っていた時、上司曰く”ウォ狐の嫁入りだ”。後年(といっても30ほど年前であるが)韓国へ出張した時、お世話になったMunさんの話だと韓国では”虎の嫁入り”と呼ぶとのことでした。藤沢周平の読切り長編「霧の果て」の中に”日照雨(そばえ)”があるが文の最後に裏店から嫁に出るときに、この表現が出てきます。(画像ではハッキリしませんがトロッコの床板が濡れています)

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2010年7月25日 (日)

能登

だいぶ前、能登に行ったことがあるが記録が一つも残っていない、「輪島」の外れにある「上時光家」は記憶が新しい、大納言の間と呼ばれる座敷があって、代々の加賀藩主(中納言)が訪ねた時は鴨居に半紙を張って対処したと説明がされていた。画像はMollさんが提供してくれた、「九十九湾小木駅」のホーム跡である、七尾線のこの区間が廃止になったのは2005年と聞いた。(note能登はいらんかいね~故郷能登はえ~~)

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2010年7月24日 (土)

7月の富士

「まきば公園」の駐車場でスケッチしたものです、甲府盆地はガスで視界がハッキリしません。この場所、標高1400mほどあります。(涼しいですよ)

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2010年7月23日 (金)

雷さん

梅雨明け後、雨が一滴も降っていなかったのですが、昨晩はこの夏始めての雷鳴があり落雷もありました、当地で落雷があると身体が浮き上がる程、大きな振動が伝わります。添付は「金峰山」の向こう側に湧き出た”積乱雲”です、奥秩父あたりかな?(notes雷さんは~粋な方だよ、戸を閉めさ~せて-----)

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2010年7月22日 (木)

たんたん

杉山模型製の完成品です、これでもケ゜ージは16.5mmです、軽量の車輌は集電に難があるのですが、綿棒でCRCをちょっと塗布すると快調に走ります。

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2010年7月21日 (水)

京浜運河

所用で上京した、9時を30分ほど過ぎた時刻に東京駅のホームに降りたのだが、肌を刺す暑さには閉口した、蒸気の上がった蒸篭の中に入ったようだ(表現がオーバーかな)、暑い話にはきりがないので、途中モノレールから見た「京浜運河」を走るボートと曳き舟を載せて少し涼むことにする、ボートの艫の旗のロゴは以前何処かで見た記憶があるのだが思い出せない。(ポンポン・ポポーン・ポンポンポン)

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2010年7月19日 (月)

ししとう

僅かですが「ししとう」を収穫しました、「ちりめんじゃこ」といっしょに炒めて、味醂と醤油で味付けして、ご飯にのせて食します。(好みですが?)

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C56149

C56149号機は1973年、中込区で廃車になっています、2009年まで「たかね荘」に保管?されていたのですが2009年7月に”カンカン”されて清里駅に保存されました。

Photo Photo_2 、保存機を眺める度に思うのですが、何故タイヤやロッドを白くぬるのでしょうか、鉄色が無理ならせめて濃い目のグレーに塗ると実感がでるのですが、それと砲金部分は磨きだして透明塗料で防錆すると良いのですが、とは言え赤錆だらけだったものをよく復元していました。(カンカンとは船舶の船体塗装のことです、語源は分かりませんが日照りの時に行うからかな?)

2010年7月18日 (日)

古典郵便車

古典タイプの郵便車です、〒の線入れに随分悩まれたようです、ライテイング・テープを使用すると簡単に出来るのですが。このタイプの車輌は車体と棚の直角、平行の精度が要求されるのですが作例は良く組み上がっています、氏は昨年イベント用に古典貨車を精力的に作られました、頭が下がります。(Mogulさん提供)

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2010年7月17日 (土)

銚子行(クハ113系)

Mollさんから届いた総武本線のクハ113(スカ色)です、管理人が総武本線を始めて利用したのは両国始発で機関車はC57でした、銚子の醤油メーカーへミキサーの軸封装置の点検に訪問したことを覚えています。

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2010年7月16日 (金)

石釜

以前、紹介したMaroさんちの石釜(ピザ用)が焼き上がったピザの取り出しが容易に出来るよう改良されました、画像を添付します。(次回のピザの会を期待しながら)

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2010年7月15日 (木)

TSE編成

JR四国の2000系気動車です、宇和島~松山の(内子線経由)L特急「宇和海」として使用されています、画像は宇和島駅で撮りました。(C58が引く準急「せと」は2時間以上かかっていましたが、内子経由とはいえ現在では1時間20分で利用出来ます)

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2010年7月14日 (水)

形式200

Mogulさんの200形です、実機は1896年米国のBaldwin社製で播但鉄道が輸入したものですが、播但鉄道は山陽鉄道に吸収されており、国有化された時に形式200形と制定されています。模型は東野鉄道2号機として発売された物を組立たものです。この機関車、形態的にキャブが第2動輪の後方にあり、どうしても支点の位置から考えても従輪で受けざるをえません、模型では線路のRが実物に比べ急カーブになりますので、対策としては従台車に横移動をあたえるのですが、前述したように車体重量を受ける必要がありますので、コロを車軸にクロスに置き横移動があっても常に車体重量を受る構造にするのも一案ですね。Photo

2010年7月13日 (火)

大月駅(1994年)

183系の「かいじ」が走っていた頃の、大月駅でのスナップ(フイルム写真)を頂きました。「あずさ色」の183系は2002年まで走っていたそうなので貴重なものです、側線のクハ115系は前面の腰まわりがステンレスで補修されています、経緯があるそうですが本稿では省略します。(1966年頃、新宿から夜行に乗って大月で下車し大菩薩に登って奥多摩に下りたことがあります、利用した車輌はスカ色でしたが、形式までは覚えていません)

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2010年7月12日 (月)

古典貨車(タ608とトフ12)

Yukiさんの新作から塗装済のものを紹介します、キットを組まれた「タ608とトフ12」です。氏の工作力は卓越したものがありキット組立とは云え管理人には真似ができません。(しいて探せば綺麗すぎる感があります)

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2010年7月11日 (日)

朝の長坂駅

土曜日の朝のせいか上りは40人程が乗って行きました、画像は出発して行った下り525M(高尾発→小淵沢行)と入線して来た上り434M(松本発→甲府行)です。(この駅、勾配の途中にホームがあり、下りは先頭車で降りないと結構疲れます)

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2010年7月10日 (土)

人形(1:48)

だいぶ以前にOnのレイアウトを作る話があったことは、給水搭のときに記事としましたが、その時配置すべく集めた人形達(labor&workman)です、着色は全て筆塗りですが塗料はハンブロールを使用しました、この塗料はマットですので、テカリがありません。(元気な内に利用すね機会があると良いのですが)

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2010年7月 9日 (金)

DF50(旧塗装)

Mogulさん提供の、旧塗装のDF50です、氏によると中央東線の客車無煙化はDF50の重連からとのことです、管理人が実機を見たのは土讃線の旧塗装一度きりです。模型はモーターを角形からCN22に転装されており低速でのパワーアップが施されています。(DF50は合計138輌造られており北海道を除く非電化亜幹線で使用されたとの事です)

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2010年7月 8日 (木)

早朝の清泉寮

八ヶ岳横断道路を清里へ下る途中に「清泉寮」があります、ハム工場の隣に朝陽をうけた牛舎とサイロが眼に留まり、ついシャッターをきりました。(途中”鹿”が道路を横断して行きました)Photo

2010年7月 7日 (水)

蒸気動車(ジハニ)

バイク屋Nさんが珊瑚のキットを組立てたものです、このキット窓のシル・ヘッダーが縦のさんと一体のエッチングで出来ており取り付けには工夫が必要です、作品を拝見したところ技術的にクリァーされていました、元々、氏はメカニックに卓越した技量を発揮されるのですが、この作品も多岐に亘り見受けられました。(前面の観音扉は屋根の灯油カバーで開閉可能であり中のボイラー煙室戸も開くことができます、ロッド類も新作したとのことでした、勿論サウンドも組込まれています)汽車会社の製造史によるとキハニとなっています、どちらの表現が正しいのでしょうか。Photo Photo_2 Photo_3

2010年7月 6日 (火)

紫陽花

MaroさんからMoriがきているとの連絡があり訪問したところ、大黒の框の上に「紫陽花」が活けてありました、田圃のゴロ掻き(鋤き?)作業と、共に画像を載せます。「紫陽花やはなだにかはるきのふけふ」子規

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2010年7月 5日 (月)

青春の想い出

これは昔懐かしい阪和線のクモハ20とクハ25の画像を頂きました。昭和37、38年ころ和歌山の有田、箕島に出張する時、天王寺から東和歌山(今の和歌山)経由を度々利用しました、当初、直通列車はC57が引いていたのですがある時からED16が入線してから東和歌山から天王寺間は暖房がなく寒い思いをした記憶があります。このオレンジの電車はサークル活動でハイキングに行ったときに利用した覚えがあります。(結構青春を謳歌していたんですよ)

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2010年7月 4日 (日)

ハイカラさん

YUKIさんのレイアウトを見学してきました、ターンテーブルの鎖錠装置が良く考えられていました、街並みが完成すれば袴姿のハイカラさんを立たせると文明開化の足音が聞こえてきそうです。Img_0640_1 Img_0641_1

2010年7月 3日 (土)

清里駅の朝

上り「小海」発「小淵沢」行1番列車です、学生が10人程乗って行きました。

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2010年7月 2日 (金)

ワゴン&トラック

HOスケールのフオードです、ワゴンはプラ、トラック(T型)はホワイト・メタルで出来ています、ハンブロールで筆塗りしました。(何時もとめたか忘れました)

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2010年7月 1日 (木)

菜園Part2

庭の菜園の近況です、レタスの収穫が始まりました、朝食のサラダで食しています。(採りたては美味い)

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