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2010年6月

2010年6月30日 (水)

PLYMOUTH

諏訪湖が天竜川に通じる釜口水門の脇に鎮座している工事用機関車です、説明版によると「1924年(大正13年)ガソリン4気筒水冷、ヘイト・ルート・ヒース社」とありました。全幅が1214mmしかなく、45:1で27mm,車輪はφ10.5となります、スケールではなく自由型で少し大き目に作りたいですね。

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2010年6月29日 (火)

運搬車

一見三輪車のように見えますが、れっきとした四輪車です、舵取りはハンドルを左右に動かすとリンクで前輪が動く仕掛けだとおもいます、デフの確認はしていませんが無いと理屈にあいませんね。(無板ですが農道での使用は大目にあつかわれているのでしょう)

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2010年6月28日 (月)

オハ35(張り上げ屋根)

珍しい”オハ35”の作品画像が届きました、35年(1975)前のキット組立とのことですが樋の無い張り上げ屋根です、35年前といえば氏は未だ高校生ではなかったでしょうか。時代も違いますが、管理人の高校生のころは、ペーパーとセルロイドで自由型のトイに近い物を作っていました(小遣いもなくキットも部品も入手が困難でしたが)、現在組立中の普通タイプのオハ35を添付しますのでマニアで無い方も屋根の違いが分かるとおもいます。(塗装が上手です、3等車の三本線がよいですね)

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2010年6月27日 (日)

清光寺の総門

桜の季節に枝垂桜を紹介した「清光寺」の総門です、戸無し門ですが構造的分類では「高麗門」です。著名なところでは京都の「蛤御門」「半蔵門」「外桜田門」があります、余談ですがこの桜田門は、外側に在るのが「高麗門」で中に在るのが「渡り櫓門」で併せて「枡形門」といいます。Photo Photo_2

2010年6月26日 (土)

TMS124号

Oナローに興味を持ったのが、角倉さんのパイン・コーン・バレイの車輌達です。思い出の一冊です。

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2010年6月25日 (金)

梅雨の中休み

小屋からの朝焼けと午後の富士山です、幾筋か雪が残っています。

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2010年6月24日 (木)

甲斐大泉駅

駅の留守番の女性に問い合わせたところ開業は昭和8年で、リフォームはしているが建物は当時のまゝとの事です、個人的な推測ですが入り口の屋根が「兜造り」のようになっていますので改修時に変更したもようです。ホームは嵩上げされており下り線ホームへの渡り位置も変更されているのが確認できます。(兜造りについては日を改めて記事にします)

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2010年6月23日 (水)

供養碑

以前順礼碑の紹介をしたが、それより古い供養碑に出会えた、右側に慶應四戊辰春建立とある、この年は戊辰戦争が始まっており10月に明治元年となっている、建立が慶應四年で実際の順礼は二年か三年に行われたものと推測される、願主に苗字があるので名主か、それに準じる「村方三役」ではないだろうか、近い内に子孫の方を捜してみたい。(左側に講と刻まれている)「お遍路が一列に行く虹の中」風天(渥美清)

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2010年6月22日 (火)

給水タンク(On)

だいぶ以前900X600の「On」レイアウトを造る話があったのですが、世話役が不在で流れたことがありました、その時作った給水タンクです、タンク部は真鍮板でつくりロストのボルトを埋めています、櫓は桧の角材をワイヤーブラシでこすり木目を強調してみました、組立は木工ボンドですが上下の井桁枠から柱に線材を打ち込んでいます、筋交にもボルト(アンチ)を埋め込みシンナーで薄くしたオイルステンを塗っています。

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2010年6月21日 (月)

貨物列車(タンク車)

上り線のタンク列車です、普通、石油製品は小型のタンカーで製油所から油槽所に運ぶのですが、海から遠く離れた内陸ではタンク列車で土地にある油槽所に運びます、各SSにはタンクローリーで配送するのはどちらも同じです、それにしても上り線では積荷はありませんので効率は悪いですね。(1967年頃「松本」の油槽所でポンプ軸封の修理をした事を思い出しました)Photo Photo_2 Photo_3

2010年6月20日 (日)

夢のあと(風林火山館)

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何年か前、ドラマ撮影に使用したオープンセットです、近くを通ったので落葉松の間から撮ってきました、開館時の大手門の画像がありましたので添付します。この門、構造的分類で「薬医門」といいます、東大の赤門(加賀藩上屋敷)と同じ構造です。

2010年6月19日 (土)

435M

何時もの所で撮った「甲府」発「長野」行、下り435Mです(長野色クハ115系)

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2010年6月18日 (金)

青梅の収穫

例年より少し早いですが、庭の梅(2Kg)収穫しました、早速、「梅」1Kgと「リカー」1.8Lと「氷砂糖」1Kgで2瓶造りました。’04から造っていますので物置の1/4を占める有様です、10年位で高級ブランデーのような”こく”がでてきます。

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2010年6月17日 (木)

貨車(On)

コッペルと同時に作ったものです、ワフの軸受け、当初は「カワイ」の貨車用を履かしていたのですがコイルスプリングのものを製作中です。

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2010年6月16日 (水)

貨物列車(コンテナー車)

下り線を走行する「コンテナー」列車です、何処から来たのか、何処へ行くのか列車番号も含めて何も分かりません。(機関車はEH200です)

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2010年6月15日 (火)

六月の雨

小椋佳の初期の歌に「六月の雨」がある、なんでも友人の結婚祝いに創ったものとの事である。最近は聞く機会がないが、口ずさむと何故か目頭が熱くなる、良い歌詞だ。(スケッチは”千曲川源流”で描いたものである、細い雨の感じが出ていると良いのだがheart

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2010年6月14日 (月)

7800&2120

Mogul JMさんから機関庫で休む7800と2120のスナップを戴いた、メーカー品を組立られたとの事すが、2120は集電に工夫がしてあり走行もスムーズだったのを拝見したことがあります。7800はリポートによると旧型のモーターが乗っており消費電流が0.5Aもあるそうです。(現在のカンモーターは殆どが0.1A以下で3~4Vでスタートします)

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2010年6月13日 (日)

快速ビューやまなし

下り「小淵沢」行「快速ビューやまなし(9591M)」(215系)を何時もの処で撮ってきました、車内では到着のアナウンスが始まる頃でしょう。

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2010年6月12日 (土)

余部橋梁

あまるべ橋梁が来月、供用終了とのことである、98年間よく働いたものだ。31年前に描いたスケッチを載せて労おう。(下側の家は駐在所である、駐在所を配置したレイアウトは記憶にない)

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2010年6月11日 (金)

スカ色(クハ115系)

「スカ色」がJR線から消えていく運命にあると聞きました、中央線(山線)でも「長野色」が多数を占めていますが、今の所、時々は見受けられます、タイミングが合えば撮るようにしています。今日は「甲府駅」でのスナップと定点(長坂町大八田)撮影の541M上り「立川」行きを添付します。

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2010年6月10日 (木)

スーパー”あずさ”11号

定点観測ならぬ定点撮影(「SL,DLやまなし」と同一場所)です、下り「松本」行、M11(スーパー”あずさ”11号、E351系)です。この場所、小屋から歩いて20分で行けます。(この11M、5月10日に「勝沼」で撮影のものを紹介しています)

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2010年6月 9日 (水)

コッペル(On)

このコッペルもカタログのイラストから作ったものです、動輪は「トビー」の#4030のものを利用しました、サイドタンクがありませんのでアイドラーギァーを介して「カツミ」のDV180を乗せています、キャブをt0.8で作ったのも相まって重心が第2動輪に近くなり、ダッシュ・スタートするとアニメの機関車のようにアクロバットな動きをします。(モーターだけでも軽量のものにしょうかな)

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2010年6月 8日 (火)

初夏の築堤

初夏の築堤を行く、ハイブリット(キハE200)上り”228D”です、もうすぐ「小淵沢」に到着です。 Photo_1 Photo_2_1

2010年6月 7日 (月)

DLやまなし号

臨時快速「DLやまなし号」(9202)の最終RUNです、撮影場所は昨日のSLと同じ場所です、カメラの撮影モードを変えてみました、車輌の色がモノクロです。(このDE10キャブにタブレット・キャッチャーが付いています、何処を走っていたのでしょうか?)

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2010年6月 6日 (日)

SLやまなし号

臨時快速「SLやまなし号」(9101)の本番運転も今日が最終日です、撮影場所は「長坂」から2Kmほど「小淵沢」寄りのところで中央高速道の「八ヶ岳PA」の下り線の裏あたりです、ここは切り通しになっており俯瞰的な絵が撮れます。(このD51は主発電機とATS発電機が直列に配置されておりマフラーが一ヶ所のように見受けられます?)

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2010年6月 5日 (土)

富士見駅

中央本線が長野に入って2つ目の駅が「富士見駅」です、開業は1904年(明治37年)で、ここが終点だったそうです、駅舎の事について地元の人に尋ねたところ左半分が開業時のものだそうですがハッキリしません。この駅、標高955mで、JR在来線特急の停車駅としては一番高い駅だそうです。1番線の駅舎側に「アララギ之里」歌碑の拓本があります。(余談ですが、始めて読んだ小説が伊藤左千夫の「野菊の墓」です)

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2010年6月 4日 (金)

やまぐち号

津和野には2度訪問したことがある、初回は広島に住んでいた昭和47年の正月で大佐山を越えて浜田から9号線を南下して行った、「西周旧居」「森鴎外旧宅」や「乙女峠マリア聖堂」等を見物して、岩国経由で帰った。鉄道模型を趣味としているが、鉄ちゃんではなかったのでカメラは持っていたが鉄道風景の写真は皆無である、「マリア聖堂」で子供(娘)を抱いたものが一枚残っている。この辺りは未だSL列車が走っていた頃で、今思えば返す返す残念である。(Isaoさんから旅の途中で撮った「やまぐち号」の画像が2葉送られてきた、C56160が牽いている、補機はDD51だろうか)

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2010年6月 3日 (木)

TMS120

高3の夏休み神戸に行きました、阪急(梅田)の模型売り場で姉に買って貰ったものです、「鉄道模型」の専門誌があるのを始めて知りました、思い出の一冊です。(7月に行ったのですが、何故か6月号が一冊しかありませんて゜した)

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2010年6月 2日 (水)

お遍路

幼友達のIsaoさんより、Aboちゃんが四国巡礼を完破して「高野山」で満願祈願をすませたとの知らせがあった、全行程1450Km徒歩遍路であれば30Km/dayとして約49日かかる、途中「お接待」もあり宿坊も少しは残っているそうだが体力だけでなく経済的にも余裕がないと一般的には無理である、それにしても大したものだ、尊敬に値する。話は変るが、戦後暫くは生きる糧としての「お遍路」も存在した。又、「生涯遍路」も存在する、これは若い頃の愚行を悔い生涯をかけて客死するまで巡礼するものである。隣区のY・田中さんの庭に「霊場巡拝供養」碑がある、「西国、四国」「秩父、坂東」碑の年は明治十六年と刻まれている建立者は田中金ヱ門とあった、現代の当主の四代前の人物である。それにしても甲斐の国の北巨摩からの巡礼である、帰還できる保障はなにもない頃で水杯でもして出発したのだろうか。「花びらの敷き詰められて遍路道」守屋光雅氏

Photo_2 Photo頭部の円には弘法大師像が刻まれている

2010年6月 1日 (火)

田植え

小屋の東側のKomaさんの田圃がやっと田植えが終わった、今年は春先の天候不順で「苗床」の育ちが遅く、例年より2週間ほど遅い田植えである。

Photo_3 Img_0368_1 田お越し

田植えPhoto_4 

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