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2010年5月

2010年5月31日 (月)

客車(On)

この客車も「エコー」のイラストを参考にして作ったものです、トラックは軸距離17mmのアーチバーでHOn3用を枕梁を新作し車輪を履き替えています、車体部分は自家製のエッチングです。Photo Photo_2

2010年5月30日 (日)

うれしい事

Kuさんが来てくれた、うれしい事だ、当地は面積が広く全て案内するのには三日はかかる。「小淵沢」発16:10の「はまかいじ」で帰京するとの事で、高原部分の案内に止めた。(秋の紅葉も格別なのだが)Img_0475_1

ランチをしたギャラリー”彩”Img_0477_1

川俣渓谷に架かる”高原大橋”

Img_0478_1” 吐竜の滝”

2010年5月29日 (土)

新府の桃畑

「あずさ10号」と試運転中の「D51」です。Img_0465_1_3 Img_0466_1_2

2010年5月28日 (金)

小淵沢駅

久し振りに駅舎の案内です、この駅、地元の人によると壁がモルタルに変っているが本体構造は開業時のまゝだそうです、本当なら随分モダンな形体をしています。

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2010年5月27日 (木)

悲しい事

散歩の途中で近くの「諏訪神社」で「供木記念」と言う石碑をみつけた、戦時供出(寺の梵鐘、橋の欄干、銅像、貴金属等)のことは知っていたが、「ご神木」まで供出していたとは、驚くと共に悲しい思いをした、碑には昭和20年4月13日とある。そう言えば郷里に「大杉山」という禿山があったことを思い出した、一山「供木」したのだろうか、あれから60数年すぎている、この様な事は2度とあってはならない。(年のせいかなぁ!)

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周りが明るくてハッキリしないが近くに寄ると全文判読できる。

2010年5月26日 (水)

9202(試)

小淵沢の3番線に停車中のDLやまなし号です、27日まで試験運転中です、(5月29、30日及び6月5、6日に小淵沢、甲府間を列車番号9202として運転します、機関車はDE101698)Photo Photo_2

2010年5月25日 (火)

農協倉庫

小屋の裏手の県道沿いにある「農協倉庫」です、実測しました、間口が8間、奥行きが4間、庇の部分が1.5間ありました、このまま1/80で縮尺すると平面は180X123.75になりレイアウトに組みこむには少し大きすぎます、セクションなら使えそうです、近くに小振りのものもありますので近い内に測定しておきます。上の画像の右上にある山は「八ヶ岳連邦」の最南端に位置する「編笠山(2524)」です。

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2010年5月24日 (月)

オーレンシュタイン・ウント・コッペル

ma兄ちゃんのホームページを覗いたら綺麗にドレスアップしていた、変更されたページの中に新しく「宇和島鉄道」が「吉野生」まで開通した時の記念写真が掲載されており、6号機が写っている。この機はコッペルのC1400グループで「宇和島鉄道」に在籍した5両の内の1両であり国有後は「国鉄ケ220形」となっている。(余談だが開業時は「吉野駅」であり、国有時、九州に「吉野駅」が在ったので、普通なら頭に旧国名を付けるところであるが、それをせず「吉野生」としたらしい)頸城鉄道の2号機もC1400グループである、保存機を実測して1/6の図面を描いたことがある。

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2010年5月23日 (日)

9101(試)

試験走行中の「SLやまなし」(D51498 9101)を撮ってきました、ほぼダイヤ通りでやってきました。集煙装置とデフは今回のイベント用の変更らしいのですが、(なんでもトンネルの関係からの形状変更らしい、46年前は集煙装置は付いていましたがデフは普通のものでした)Photo Photo_2 Photo_3 Photo_4

2010年5月22日 (土)

菜園

庭の菜園も5年目を迎えた、夏の来客までに育ってくれると良いのですが、因みに今年は「キュウリ、グリーンレタス、シシトウ、トマト、ナス、ピーマン」である。

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2010年5月21日 (金)

面影橋

庭の「山吹」を眺めていて思い出した、25、6年前であるが「王子」で都電荒川線に乗り、「面影橋」で下車し「山吹の里の碑」を訪ねたことがある、帰りは「高田馬場」まで歩いて山手線外回りで「目黒」で目蒲線に乗り換え南久が原まで帰った事がある。荒川線に乗ったのはこの一度きりである。(山吹の里、伝承地はこの高田を含めて4ヵ所あるそうだ)画像は「山吹」だけでは淋しいので「つつじ」も添えてみた。Img_0392_1_2 Img_0393_1_2 Img_0394_1_2

2010年5月20日 (木)

旧立場川橋梁

県道17号(七里岩街道)を西に走って「富士見」に入って「乙事」を過ぎてから駅に通じる脇道を下った所で左側に見えて来ます、「信濃境」~「富士見」間は電化が昭和39年(1964)で複線化が昭和55年(1980)とのことですから使用されなくなって30年経った事になります、何年か前に訪問した時は橋梁の上にも枕木が残っていたのですが今は取り払われていました、興味を持つ人が結構居るみたいで築堤には上り易いように踏み固められた跡があります。又、Mogul JMさんに送って頂いたカラーコピーにはEF13がヌを従えた下りの客車列車が載っていました(蒸気発生装置搭載のELが登場「中央線で」する前ですから、電化されて間もない頃だと思います)

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2010年5月19日 (水)

転車台

郷里の機関庫の下路式転車台(17m級)で昭和12年製です、メーカープレートもスケッチしましたので添付します、元祖トロッコ列車が運転時はワラ改造の車輌を出庫する時に使用されます。機関庫は全国で13ヶ所現存する扇形機関庫の一つで四国では唯一のものです。

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2010年5月18日 (火)

真竹

近くで採った「真竹の子」です、別名「苦竹」ともいうそうです、たしかに時間が経ったものは充分な灰汁抜きをしないと舌の先にピリット苦味を感じます、「土佐煮」とか「ソーセージと一緒にソテー」して食すると結構いけます。

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2010年5月17日 (月)

70M

70M(E257上り「あずさ」20号、新宿行)薪材を積んで帰りの”鳥久保踏切り”で撮影、相変わらず下手ですね!camera

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2010年5月16日 (日)

萌黄色

「山桜」も散って、周りの雑木も芽を吹き、林が「萌黄色」一色になりました。「栗」の花が咲き始めるまで、暫くはみどりがつづきます。「萌黄色」は英語で”Spring Green”と呼ぶそうですが日本語の方が哀愁があってピッタリします。近似の色で国鉄色に「黄緑6号」がありますが、こちらはマンセル記号もあり作られた色ですので対比するのは無理があります。因みに「黄緑6号」は代表的なところで「山手線」に使用されています。(余談ですが、この色を「うぐいす色」と呼んでいますが、どう見ても「うぐいす」ではなく「メジロの色」にみえるのですが?)

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2010年5月15日 (土)

東沢大橋

先日、書込みした「吐竜の滝」近くの小海線より2Kmほど上流に架かる「東沢大橋」です。写真の方は1ヶ月ほど前のもので未だ新芽が出ていません、スケッチの方は5年ほど前の6月に描いたものです。後の山は八ヶ岳の主峰「赤岳」です。(写真の方はガスがかかって「赤岳」は写っていません)

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2010年5月14日 (金)

名主屋敷

石焼ピザの会のMaroさん家「地方(村方)三役の名主屋敷」の紹介です。門の構えは武家屋敷(上士)のものとは少し異なりますが長屋門造りです、門扉は飾り金具つきで立派なものです、特に閂を通す鎹を隠す乳鋲は一見に値します、勿論潜戸も付いています。以前は敷居が在ったのですがバリアフリー化のため今はありません。母屋は入り口が4ヵ所もあり、一番奥のものは式台がついていますので当時は公事も行われていたと偲ばれます。(手前2ヶ所は土間への入り口)。裏側から撮った屋根の画像も添付します右側に在る換気用のものを「小屋根」と言うのですがこれは「囲炉裏」ようです。築140年とのことですが明治5年に「村方三役」は廃止されていますのでもっと古い様な気がします、天井裏にある「棟上札」が確認出来るとハッキリするのですが。

Photo Photo_2(藤沢周平の小説では”名主”のことを”肝煎”と云っています、因みに西日本では”庄屋”と呼ぶそうです)

2010年5月13日 (木)

439M

439M(クハ115下り長野行)、長坂、小淵沢間で撮影バックは八ヶ岳です。

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2010年5月12日 (水)

Cタンクの続き

昨日のつづきです、画像を追加します。

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2010年5月11日 (火)

Cタンク

エコーのカタログに載っていたイラストをOnの寸法にして作った「Cタンク」です、R180mmを通すため第2動輪をフランジレスにしています。

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2010年5月10日 (月)

11M

大日影トンネル遊歩道を出た所(上り口側)で「深沢」に架かる下り線アーチ橋を通過して行った「11M」(E351スーパーあずさ11号、松本行)です。

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2010年5月 9日 (日)

EF6418

「大日影トンネル」へ行く途中の公園に保存している”EF6418”です。「案内板」によると1966年(昭和41年)甲府に配属、2005年(平成17年)塩尻で用途廃止とのことでした。

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2010年5月 8日 (土)

大日影トンネル遊歩道

P・ITHOさんのリクエストで「勝沼」の「旧大日影隊道」を訪ねました(総勢5人)、歴史を紹介します。開通は明治36年(1903)、複線化後も平成9年(1997)まで下り線用として使用されています、全長1367.8mです。ポータルは石積で内側はレンガ造りでした。

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2010年5月 7日 (金)

早蕨

今年も”ワラビ”の季節がやって来ました。6月下旬ころまで採れます。

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2010年5月 6日 (木)

ハナミズキ

Photo 「遠い日の 面影映す 花水木」Photo_2 (映ったのは?)(*゚ー゚*)

2010年5月 5日 (水)

はぐれ鳥

昔風に云えば今日は「端午の節句」である、子供心に「節句」の祝いは長兄のためにあると思っていた、それでも父親が庭の菖蒲を束ねて菖蒲湯の用意をしてくれた「風呂」は「五右衛門」で火焚きの担当をまかされた記憶がある。昭和20年代のことであり、文化的とは行かなくとも大人も子供も一所懸命生きていた。(三男坊は今もはぐれ鳥である)

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2010年5月 4日 (火)

根古屋の御神楽

ピザの後、近くの”根古屋神社”の御神楽を観に行きました、先日、小屋の近くの”諏訪神社”の御神楽も観たのですが(書込み済)、両神社とも祭神に「舞」を捧げる形をとっており全体的には優雅な印象が残りました。子供の頃毎年の様に観にいった郷里の神社(県社)の神楽は大太鼓に張り太鼓と笛が複数でテンポも速く「四鬼」が刀を振り回しながら飛び跳ねる勇壮なもので、最後に氏子が社殿の天井から吊下げられた「紙四手(御幣?)」を奪い合う様は子供は近寄りがたいものでした。話を戻しますが”根古屋”には国指定天然記念物の「大ケヤキ」が一対あります、樹齢は推定千年とのことです。(デデンデンデン ピーヒャララ)

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2010年5月 3日 (月)

石焼ピザ

Maroさん家での石焼ピザの会に参加しました、自家製の小麦粉で「春豊」と云うそうですが色のわりには、どのピザも美味でした、年が経つ毎に技術が上がるようです。画像は蓄熱、焼き上がり、カッティング(ワインが良くあいます)

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2010年5月 2日 (日)

山桜再び

大分前のことであるが、蔵王の坊平研修(14日間)に参加したことがある、内容は省略するが、毎朝「同期の桜」を大声で歌わされた、(曰く、七つボタンは桜に錨)。それで思い出した”本居宣長”の「敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花」ともう一句、”源義家(八幡太郎)”が勿来の関で詠ったといわれる「吹く風を勿来の関と思えども道も背に散る山桜花」である。(あまり、むつかしく考えないで林の中にひっそり控えめに咲く可憐な山桜が好きである)

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2010年5月 1日 (土)

227D&228D

大門川橋梁を撮って帰宅しょうとしていた時のスナップです。橋梁に少し架かった228D(キハE200上り小淵沢行き)と橋梁を渡る227D(キハ111下り小諸行)です。走行中の撮影は慌ててしまって上手く撮れません( ̄◆ ̄;)

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